Sprinter Blog
リアルと、写真と、オンラインゲームをまったりゆるゆる。
DATE: 2007/10/18(木)   CATEGORY: 日常
低血圧だから朝はやる気がないんですって言ったら怒られたよ(・ω・)
o┤´Д`├o ダルー

最近寝起きがしんどいです…
眠気がなかなか取れないのもあるけども、なんか首から背中に掛けてこり固まっているというか、漬け物石が頭と肩に乗っかってるような感覚がずーっと続いてます…
寝起きは特にその症状が大きく出ます_| ̄|○

温めると少し解消するのだけど冷えると元に戻るし、本気マッサージを受けるとその時は良くても、あとで揉みごわりして余計に酷くなったり…
どうすりゃいいんだ(;´Д`)
首のこりのせいで頭も痛いので、最近はぬれタオルをレンジでチンしたやつを首に当ててます。

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■真昼の惨事

うちはアパートに住んでるんですけど、一戸一戸別に建ててあるので、防音の上では結構快適なんです。
だから家の中の話し声とかはもちろんのこと、何らかの楽器を演奏してても文句を言われることも滅多にない…というよりは、隣の家まで聞こえないみたいなんですよね。
というわけで、久しぶりにサックスを取り出して練習してたんです。

窓からはお隣のキッチンが窓越しに見えてて、ちょうどお昼頃だったのでご飯作ってるのかな?って感じで、人間の影が窓越しに動いてるのが見えました。
私もそろそろ昼つくらなきゃ〜と思いつつ、窓を眺めていたら…そのお隣さんのキッチンの窓が、時折赤く染まるのです。
なにかフランベしてるのかな?とのんきに見ていると…そのお隣さんが飼っている猫が激しく鳴きだして、

ぎゃあああああああああ!!!!!!!

という叫び声が。
ただごとじゃないと直感し、急いで駆けつけると、お隣の家のコンロに掛けたフライパンが激しく炎上していて、キッチンの隅っこで奥さんが腰を抜かしてた。
とにかく、その炎上しているフライパンに一回り大きなフライパンをかぶせて、火を止めた。
私がその作業をやっている間に悲鳴を聞いた近所の人も集まってきて、窓を開けたり、奥さんを外へ避難させたりしてくれたみたいだった。
幸いにもフライパンが炎上しただけで、家のどこが焦げたとかいうのはなかった。
火事にならなくてよかったぁ…

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■その一言が私を動かす

「僕は君が居ないとだめなんだ!!!きてくれ!!!」

と言われて、きゅ〜んとなる女性は多いはず。
でもな……でもな………

職場の上司に言われても微妙だよね(苦笑

もちろん手が足りないから手伝えってことですYO(⊃д`)
フライパン炎上事件後に電話が入ってきたので、休みだったけど行ってきましたよ…
頼りにされると捨て置けない私…あぁ、あぁ_| ̄|○
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DATE: 2007/10/03(水)   CATEGORY: 日常
変な人。
どういうわけか、私は変な人によく遭遇する。
私自身も変な人の部類なので、類友じゃないかと言われそうだけど違うのだ。
変な人でも「変態」が多いから困る。


1.露出狂

Hotmailにメールが届いていた。
差出人はROで一度、臨港で募集をかけたときに組んだアサさん。
アドレス教えてないはずなんだけどなぁ。

「臨港でお世話になりました!あなたの名前をググってみたらサイトに辿り着いたのでメールしてみました。(中略)僕、あなたに繋がれたうれしさで写真みたいになってます!(画像添付)」

下半身写真送ってきやがったΣ(´ロ`lll)

速攻で消した。


2.神様

仕事から家に帰ると、ポストに一通、差出人不明の手紙が入っていた。

「今日も一日お疲れ様です!頑張る貴女を神様はいつでも見守っていますよ。神様からの贈り物を同封しましたのでどうぞ。」

出てきたのは剃刀の「替え刃」だった。

あれ、恨み事に使うのは刃だけだよな…w
とりあえず父親の剃刀に合う替え刃だったので、使ってもらってます。


3.公園の男

電車の待ち時間に警固公園でぼんやりしていたら、突然横からやってきた男性が私の左膝に手をかざして動かなくなった。

私「あ、あの…?」
男「静かに。今気を送ってます…。あなたの膝はきっとよくなります…」

いや、確かに左膝には手術の後遺症がありますけど。
あまりに真剣な表情なので動けず。

私「そろそろ電車くるんで行かなきゃなんですけど…」
男「やはり石の椅子ではあまり効果が…。お湯で温めたのちに治療もできる効果的なバスシートがあるところへご案内しますから、一緒に…」

お前それラブホだろ。(゚д゚)


4.息子の嫁

男「会ったばかりですけど、是非結婚してください!息子と!」

と、初対面の上に一言目から話す、じいちゃん
息子さん、おいくつでしょうか…


5.メイド

大名を歩いていたら、前方から人がきた。
その出で立ちはというと…どうみてもメイドさん。

ただし。
2mはあるだろうかという背丈で、
さらには男である。

目を疑うとはまさにこの状態なんだろうか。
凝視したまま一歩も動けなくなり、冷や汗のようなものすら感じる。

メイド男「なにみてんのよぅ!」

見るなってほうが無理。


6.即興

男「NEET〜NEET〜君はNEET〜。でも誇りあるNEET〜〜♪」

私を指さして歌うな。
NEETちゃうわ!ヽ(`Д´)ノウワァン
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DATE: 2007/10/02(火)   CATEGORY: 日常
学生の時の悪事と、道徳と、沖縄戦。
あん

↑この星の無数の塵のひとつ


いっそのこと人生をアンインストールしたいnadielです。
思えばいろんな馬鹿なことも、いろんなアホなこともやりました…


消したい過去1:
駅のホームで、電車の窓越しなのを良いことに変なパフォーマンス(窓際に座ってる知らない人に、泣きながら「離れても心は一緒」とか書いた画用紙を見せながら見送る、とか)をする。その反応は?
http://tadaken.web.fc2.com/report/Rresent/p072_top.htm

消したい過去2:
目の前を歩いている人が突然下着を落とした場合、後ろの人の反応は??
http://www.tadaken.net/Report/Rresent/p109_top.htm


他にも狭い路地で…自主制作ドキュメンタリーで確か3クラス分だったから100人くらい?で、前を行く通行人を固まって走って追い掛けるとか(これはあとで学校にこっぴどく怒られたw)。
HP制作の提出課題で、確かコードレッド付きのHTMLファイルを出した上に、そのHPの内容がウイルス対策についてとかだったものだったから、当然の如く評価を貰えなかったり。
学生の時はホントにバカなことばかりやっていたけど、でもやっぱり楽しかったな。

ちょっと話題遅いけども、「道徳」の教科がなくなるという。
まぁ…私が小学校の時からも社会的習慣や礼儀・作法なんていう教えは名ばかりで、まともな「道徳」の授業と言えば人権問題くらいだったかな。
どちらかというと、クラス全員で何かしろして遊ぶ「学活」的な要素が強くて、幼いmatelliasは校庭にあるサルビアの花の蜜が甘いことを「道徳」の時間で実際に体験して覚えた。
グラウンドにあったグミの木の実も食べれるものであることを知ったし、咲いていたパンジーの花びらを「食べれるぞ」と目の前で食べていた担任の真似をしてモサモサ食べて、あまりの苦さにひっくり返った事もある。
本当にあれは食べて良かったものなのかすら疑問だけど。
へんてこな担任だったけど、そんな先生から遊びを通して色々学ぶことは新鮮で、そういう機会だった「道徳」と「学活」は一番好きな教科だった。

というか、どっちも内容はほとんど一緒なのに何で別の教科なんだろうとずっと思っていた。
ぶっちゃけ私は教科の「道徳」として、時間を割く必要はないと思ってる。
それは「道徳」の時間がどんなものであったか、を実際に体験してるからというのもあるけれど、「学活」でも人権問題やらをテーマに意見交換してたのもある。
今「学活」そのものがゆとり教育の一環で消えてしまったのかは知らないけれど、統合した形で道徳の内容も展開されるというなら、別に大きな問題ではないと思う。

私の消し去りたい過去は前述した通りだけれど、消しちゃだめだろ・隠蔽しちゃダメだろって思うことだってもちろんある。
教科書問題で、沖縄戦の集団自決に軍が介入したという記述を削除した問題は特に許せない。
沖縄で大規模なデモが起きてましたね。

小学校の修学旅行は沖縄で戦争を学ぶ、というのが目的だったので、学活や道徳の時間に沖縄の歴史や沖縄戦の詳細(戦争で生き残った方を学校に呼んでの講話とか)、方言にいたるまで勉強しました。

「生きて虜囚の辱めを受けず、死して罪過の汚名を残すことなかれ」

沖縄戦について少しでも勉強した人なら…知らない人は多分居ないんじゃないかと思います。これは「戦陣訓」というもので、特に上記の記載が民間人の自決を推奨したと言われています。
簡単に言えば(国と天皇のために)戦死すれば「英雄」、自分で死なずに捕虜にされたら「非国民(or全国民の中でも死ぬほど恥ずかしいウルトラバカ)」ということです。
具体的にどんな風に教科書から記述を削除したのかは分かりませんが、削除するとしたらこのあたりなんでしょうかね。

集団自決の舞台となった、沖縄県読谷村にあるチビチリガマ(※)(防空壕)に実際入ったことがあります。
小学校の修学旅行の一環で、入り口に千羽鶴を掛け、平和ガイドの案内で中へ。
手元のライトを消せば、本当に光も差し込まない、自分の手すら見えないほどの闇。
遺骨と遺品がたくさん散乱していました。
その当時本物の人骨を見たこともなかった私にはあまりに衝撃的な光景だったせいか、今でも鮮明にライトで照らされたその光景を思い出せます。

注射器も壕内にそのまま残されていました。
平和ガイドの方はそれをライトで照らしながら、入り口で投降を呼びかけるアメリカ兵に従わずに毒物を注射しての自殺を望む人が多かったこと、家族同士で「天皇バンザイ!」と叫びながら鎌や包丁で殺し合っていたこと、あらかじめ配られていた手榴弾を手にする人、火を付ける人…そういう混乱の中で人々が死んでいったことを涙ながらに語っておられました。
そして、やはり「生きて虜囚の辱めを受けず、死して罪過の汚名を残すことなかれ」と言っておられました。
このガイドの方、ひょっとしたら本当に自決の瞬間を見ていたのかもしれない。
小学校の時にはそこまで気が回らなかったけど、なんとなく今ではそんな感じがします。

昔は当たり前のように教えられていた事が隠蔽されて、何もかもが都合良く書かれ、教えられることはやっぱり納得いかない。
あの時見た遺骨の山は、隠されて忘れられるために存在してるんじゃない。


※チビチリガマ…
1996年に遺族会の訴え及び防空壕内の深刻な亀裂により、立ち入り禁止となった沖縄県読谷村にある防空壕。それ以前はガイドと共に中に入り、壕内で起きた凄惨な出来事を説明してもらえていた。
沖縄戦において、約140名中83名が集団自決(うち2名は米軍による射殺)によって死亡している。

<1996年6月18日 沖縄タイムス夕刊 5面>
集団自決壕内への立ち入りを禁止
「み霊を静かに眠らせたい」と理解求める

沖縄戦で83人が集団自決した自然壕(ごう)チビチリガマ=読谷村波平=の入り口に先月下旬、遺族会(与那覇徳雄会長)が「立ち入り禁止」の看板を立てた。同壕には戦争の悲惨さを学ぶために県内外から多数の見学者が訪問。平和ガイドらの案内で壕の暗やみを体験する生徒も多かった。

遺族は遺骨の残る壕を墓ととらえ、み霊を静かに眠らせたいとし、看板設置に踏み切った。沖縄戦から半世紀余。今なお残る心の痛みと「ガマ(壕)」という“語り部”を通して戦争体験の風化を防ぎたいとの思いのはざま、看板が立った。

チビチリガマの入り口周辺の広場には、平和像と犠牲者の名前を記した石碑が建っている。看板は、壕の小さな入り口の真ん中に立てられた。
「見学者及びボランティアでの案内者へ」と書かれた看板には「これから先は墓となっていますので立ち入りを禁止します。ガマ(壕)の中には私達、肉親の骨が多数残っています。ガマに入って私達の肉親を踏み潰していることを私達は我慢できません」と記述。参拝は「再建した平和像でお願いします」としている。
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